2025年7月、農林水産省が運営している「農業遺産オフィシャルサポーター制度」を踏まえた、農業遺産地域と企業のマッチングイベントが開催されました。
舞台は中央日本土地建物グループが持つ、森林をイメージしたユニークなR&D拠点「NAKANIWA」。オンライン・オフラインを交えて開催されたこの場に、地域課題の解決に挑む、農業に熱意ある人々が集結。官民共創による新たな可能性が語られたイベントの様子をレポートします。
農業遺産オフィシャルサポーター制度公式HP
https://www.maff.go.jp/j/nousin/kantai/iahs_supporter.html
農業遺産オフィシャルサポーター「農業遺産地域と企業の交流イベント」(令和7年7月31日開催)公式Youtube動画
未来の食をつなぐ「Farm to Future Platform」とは?
虎ノ門に2027年竣工予定の「TORANOGATE(トラノゲート)」内に開設される「(仮称)虎ノ門イノベーションセンター」は、官民の交流・連携による「共想・共創・共奏」の場として社会的インパクトにつながる取り組みの創出・活性化を目指しています。その取り組みのひとつである「Farm to Future Platform」は、「日本の食」を次世代につなぐため、持続可能なプロジェクトを生み出し、伝え、広げることをミッションとしています。
こうした活動の一環として、農業遺産との連携が進められています。そこで、農林水産省農業遺産オフィシャルサポーターによる「農業遺産地域と企業の交流イベント」の運営サポートに中央日本土地建物株式会社が携わることとなったのです。
「農業遺産」そして「農業遺産オフィシャルサポーター制度」とは?─地域の知恵を未来へつなぐ制度
はじめにマイクを取ったのは、農林水産省の坂本慶介大臣官房審議官です。坂本審議官は、観光を通して東北地方の復興に携わられた経験などをもとに「その地域にしかないモノの価値はこれから非常に高まっていくと確信しています」と語り、「前向きな話はみんなで盛り上げることが大事だと思います」と参加者を激励しました。

続いて、農林水産省 農村環境対策室 佐藤誠室長から「農業遺産オフィシャルサポーター制度」についての説明が行われました。
農業遺産には、国際連合食糧農業機関(FAO)が認定する「世界農業遺産」と日本の農林水産大臣が認定する「日本農業遺産」があること、また世界自然遺産や世界文化遺産のように形あるものを遺すのではなく「その地域で長年育まれてきた農林水産業のシステム」を受け継いでいくものであることなどが解説されました。
また、農林水産省が現在試行中の「農業遺産オフィシャルサポーター制度」は、農業遺産が抱える問題の解決に向けて活動する企業団体を、農業遺産オフィシャルサポーターとして登録する制度であることも紹介されました。
さらに、サポーターとなる前段階として「サポーターバンク」に登録すれば、サポートを求める農業遺産地域の情報提供など、農業遺産に係る活動を実施するための支援が得られることも伝えられました。

農林水産省 農村活性化推進室の刀井乃の葉係長からは「農山漁村の活性化にかかる農林水産省の取り組み」が紹介されました。主な取り組みは以下の4点です。
・「『農山漁村』経済・生活環境創生プラットフォーム」
農山漁村のコミュニティ維持には、地域外から人・企業を呼び込む「農村関係人口の増加」が重要だという考えから、農山漁村の課題解決に関係府省庁、地方公共団体、郵便局、民間企業、教育機関、金融機関等が参画する取り組み。
・「農山漁村インパクト可視化ガイダンス」
農山漁村における企業の事業活動や資金拠出・人材派遣を促すため、農山漁村の有する多面的価値を「インパクト」として可視化するガイダンスを策定する取り組み。
・「『農山漁村』インパクト創出ソリューション」
農山漁村の課題解決を通じて、社会や環境に対するインパクトを創出し得る事業・サービスを全国から募集し、選定されたソリューションと、その活用を希望する自治体等をマッチングする取り組み。
・「ディスカバー農山漁村(むら)の宝」
地域の活性化や所得向上に寄与する優良事例を選定して全国に発信する取り組み。

梅の収穫体験ワーケーション、自動車学校の米作り……ユニークなアイデアが光る地域事例
次に、ソーシャルグッドプロデューサーの石川淳也さんをファシリテーターに迎え、農業遺産地域における企業等の取り組み事例が紹介されました。
トップバッターは和歌山県みなべ町と、一般社団法人日本ウェルビーイング推進協議会 代表理事 島田由香さんによる「梅収穫ワーケーション」の事例です。
この取り組みは、梅農家特有の課題である、収穫期に突出して人手が不足する問題を解決するため、2022年6月にスタートしました。収穫期に他地域からみなべ町へ訪れ、梅の収穫を手伝いながら、現地の仕事もバケーションも楽しみながら両立できる「ワーケーション」希望者と梅農家をマッチングするプログラムです。
マッチングは日本ウェルビーイング推進協議会が行っており、みなべ町役場の協力を受けながら4年目を迎えた今年は、5月1日~7月9日(70日間)で、梅農家18軒の収穫に、延べ228人が参加したといいます。
「結果として何が起きているかというと、受け入れてくださる農家さんが元気になっている!」という島田さん。また「当初私たちが悩んでいたのは『ワーケーションに来てくれる方はきっといるだろうけど、受け入れるよといってくれる農家さんがいなかったら……』ということ。農家さんを探すことができたのは、地元の皆さんの協力のおかげです」とも述べました。
ここでみなべ町の梅農家、東光淑行さんも電話で参加してくださいました。
「時給2000円で求人を出しても人が来てくれない状況だったので、うちは『積極的に受け入れます』と即答しました」という東光さん。ただ近所の人には、どんな人がくるかわからないと心配され、東光さんも受け入れ初日までは不安を抱えていたといいます。
ところが、その不安は初日で一掃されました。「皆さん、何にでも興味を持って一生懸命やってくれるんですよね。今まで6月は本当に忙しくて、『しんどいし、もう6月なんて来ないでほしい!』と毎年思っていたのが、2年目以降は『早く6月が来ないかな? 今度はどんな人に会えるかな、去年の人はまた来てくれるかな』と、毎日の仕事も楽しくなって、いい時間を過ごさせてもらっています」と東光さんの喜んでいる様子がよく伝わってきました。

島田さんも「みなべ町の梅農家さんと、2023年からみかん収穫ワーケーションを展開している三重県のみかん農家さんが交流を始めていて、互いに手伝いに行ったり、作業がない時も飲みに行ったりしているんです。そういう意味でも、関係人口はすごく広がっている」と、プロジェクトをきっかけに、自然と関係が育っていることを語ります。
続いて、宮崎県高千穂町と、自動車学校などを経営する宮崎梅田学園の事例が紹介されました。まずマイクを取ったのは高千穂町役場総合政策課グローカル戦略係長 田﨑友教さん。92%が森林で3%が耕地という高千穂町の土地柄や、宮崎梅田学園が米作りを手掛ける農業遺産の棚田について紹介しました。しかし「実は、この事例は行政とは直接的な関わりはない。私の実家も農家なので、(宮崎梅田学園の社長であり、農業進出のキーパーソンとなった)梅田さんとは農業仲間」だといいます。

ここで宮崎梅田学園の梅田裕樹社長がオンラインで登壇し、「なぜ自動車学校が農業に参入したのか」が語られました。
少子化で自動車学校の需要減が予想される中、同社が注目した新事業はまさに畑違いの「農業」。「合宿免許」が盛んな宮崎梅田学園では、合宿中の食事や経営するレストランの食材として年間約10トンの米を使用しており、「作ったお米を自社で消費できる」と考えたのだそうです。また、自動車学校は繁忙期と閑散期で労働時間の差が大きく、閑散期の職員に農業へ従事してもらうことも見込めました。そこで、棚田への米作りに乗り出したのだといいます。
梅田さんは、「地域外から農業に参入してくるとなると、地元の生産者にはもちろん不安な状況があると思います。自分も『いつ出ていくのか』といわれたこともあります。だからこそ、(参入する)企業が本当にやる気があるのかを地域や行政がしっかりと見極めて、地域も生産者も企業もwin-win-winの形につなげてほしい」と、行政への期待を寄せました。
世界農業遺産巡りの旅、企業版ふるさと納税、サステナ農業を食べて応援……今後も楽しみな企業事例
地域の事例発表が終わると、企業の事例発表へ……とその前にゲストが登壇しました。まず話したのは、フリーアナウンサー/農業ジャーナリストの小谷あゆみさんです。
直前の宮崎梅田学園の事例を受けて、若者が合宿免許で滞在した地域に、後年移住した事例もあると紹介。「若い時の記憶は原体験になる。2週間の合宿免許は貴重な機会。農業参入の事業の中に、合宿免許を取りに来た若い人も農業を体験するオプションを加えてはどうですか?」と提案しました。また、梅収穫ワーケーションで「農家さんが元気になった」ことに感銘を受けたといい、「企業とのマッチングとなると経済効果を求めがちですが、まずは経済効果よりも『人間の心の変化』に注目してほしい。農家が廃業するのは経済的な理由からだと決めつけがちだけど、地域に担い手が減っていき、人との会話も少ない作業は『退屈だ』と捉えられてしまうという面もある」と熱弁をふるいました。

ここで石川さんはオンラインで参加していた講談社「FRaU」元編集長 関 龍彦さんに声をかけました。小谷さんと進めている世界農業遺産の書籍制作について協力を乞うと、関さんも「ぜひ実現したいと思っています」と応じ、石川さんも「これからはメディアも伝えるだけじゃなくて、実装していくキープレーヤーとして活躍すると思います」とさらにプッシュしました。
さらに特別ゲストとして、シンガーソングライターのMINMIさんが登場。自然や食の恩恵を受ける体験を重ね、世界中に少しでもその価値を広めたいという思いや、日本の米文化を大事にしたいという思いから作られた「おこめのうた」をアカペラで披露してくださいました。
優しくも力強い歌声に聴き入る皆さん。石川さんは「高千穂の棚田でMINMIさんにぜひ『おこめのうた』を歌っていただきたい。そしてそれを観に行くツアーを企画してほしい」と、参加者へ熱くアピールしました。

さて、企業事例のトップを飾ったのは日本航空株式会社 関係・つながり創造部 橋詰建さんです。
コロナ禍を機に「移動の価値の再定義」を行ったという同社は、「これまでの『安心安全に人と物をお運びする』だけではなく、『行った先にある“目的”そのものを作る』お手伝いができるんじゃないか、そこに価値があるんじゃないかと考えました」といいます。
そして「移動を通じた関係・つながりを創造する企業になる」ために、同社は「農業などの第一次産業が、出張・観光に次ぐ移動の目的になるのではと仮定」し、農業遺産の「システムそのものを認定する、その価値の物差しになっている」ところに着目したそう。
そんな同社の取り組みは、JALダイナミックパッケージによる「世界農業遺産を巡る旅」です。各地域の協力のもと、地域の農業の歴史や特性、おすすめスポットやグルメも紹介しており、事業としても好調に推移しているといいます。今後さらに地域を拡大し、将来的には農業体験自体をコンテンツとして販売できるような取り組みも目指しているとのことでした。

そして企業事例のバトンは、自治体向けに企業版ふるさと納税支援などを手掛ける株式会社riverの坂下達郎さんへ渡されました。
企業版ふるさと納税は「もしかしたら皆さんが今思い描いている(個人版)ふるさと納税とはちょっと違うかもしれない」と語り始めた坂下さん。企業版ふるさと納税について解説をした後に、畜産の盛んな鹿児島県曽於市で、企業版ふるさと納税を利用して資金を集め、鹿児島大学共同獣医学部と連携して「南九州畜産獣医学拠点」を整備した事例などが紹介されました。獣医学の学びや実験の拠点としての機能はもちろん、滞在用の宿泊施設があり、地域の人々が集まる拠点にもなっているなど、関係人口を創出しながら、地場産業である畜産を守っていく取り組みになっています。
企業とは寄付をする・受けるだけではなく、拠点での見学や研修の実施、産学連携の相談相手などとしての関係性が養われ、先々につなげることができているといいます。また2025年に制度の延長が決定し、企業版ふるさと納税は2027年3月まで利用できるようになったことも紹介されました。

石川さんは「個人版のふるさと納税は1兆円を超えていますが、企業版ふるさと納税はもう何年もやっているのに、やっと300億を超えた程度であまり利用されていないんです」と、個人版と比べて制度が浸透していない様子に触れ、「ぜひ(株式会社riverへ)相談してください」と後押ししました。
企業事例の最後を飾ったのは株式会社マイナビ 倉石真理さんの「でりさす」です。ユニークなプロジェクト名と、「就職・転職のマイナビがなぜ農業?」という不思議さを取り上げつつ、実は「でりさす」は、マイナビの社員向けの福利厚生サービスだと伝えました。
倉石さんは、農と職を軸に、サステナブルな社会を目指す農業情報メディア「マイナビ農業」の編集部に所属しています。立ち上げから8年、約3万件の農家・農業法人とつながりができ、その中で、農作物の直販には送料がかかるという「物流問題」と、資材などが高騰する中で「持続可能な農業をいかに実現していくか」に課題を感じていたといいます。
そこで、「約2万人いるマイナビ社員に買ってもらうことから始めよう」と、社員向けのECサイト「でりさす」を作って農作物を販売し、持続可能な農業にチャレンジする農家・農業法人を「食べて応援していく」取り組みがスタートしたといいます。
「でりさす」では、マイナビが農家・農業法人から適正価格で農作物を購入し、マイナビの社員は会社の福利厚生として割引価格で農作物を購入できるようになっています。農家・農業法人の売り上げを確保しながら、社員は他より安く農作物を買うことができるというシステムはとてもユニークです。倉石さんは「手作業でやっているので、一気には拡大できない」としながらも、今後徐々に社外にも広めていきたいとのことでした。

農業遺産の認知度、担い手不足、食文化衰退……地域の抱える課題について考える
さまざまな事例を学んだ後は、各地域の抱える課題を洗い出し、参加者同士でのディスカッションにより解決の糸口を探る時間が設けられました。
まずは各地域の参加者がオンラインツール「Slido」へ自らの地域が抱える課題を投稿し、投稿者自身がそれを紹介しながらコメントしていきます。
岐阜県長良川上中流域の担当者は、「農業遺産認定のメリットは?」という課題を掲げました。長良川上中流域も農業遺産に認定されているものの、現地の人には「認定のメリットがいまいちよくわからない」といわれてしまっているのだとか。
農林水産省の二階堂華那班長は、まず農業遺産に認定されるまでに地域は大変な努力が必要なことを気遣いながら「農業遺産を知っていただくことで価値意識が高まると思いますので、もっと知っていただくように発信していきます」と応じ、石川さんも「何かあればどんどん言っていただいて、我々もこれからお手伝いさせていただきます」と続けました。
高千穂町の担当者は「農地の草刈りの大変さ」に加えて、やはり「(農業遺産としての)認知度が低い」ことを挙げ、さらに「私たち地元の行政は、地元のことはすごく詳しいんですが、これを外に出す戦略的な部分がすごく苦手。企業には新しい風を吹かせてもらえるような企画などを」と期待を寄せました。
そして滋賀県琵琶湖地域の担当者も、やはり課題は「認知度の低さ」や「担い手不足」だと訴えました。人手不足によって水路整備なども難しくなっているといいます。また、琵琶湖の魚食文化などに見る「食文化の衰退」も危惧しているとのことでした。
課題が出揃ったところで、「地域の方々を囲んでのディスカッション」が行われました。「宮崎県高千穂郷・椎葉山地域」「滋賀県琵琶湖地域」「山梨県峡東地域」「和歌山県みなべ・田辺地域」の担当者が各々テーブルにつき、他の参加者は4グループに分かれて各テーブルを回りながら、それぞれの課題について熱い議論を繰り広げました。

最後にマイクを受け取った農林水産省の玉泉秀樹さんは「今日これだけ多くの方に参加いただいたことで、これからの可能性を非常に強く感じています。初めての試みでしたが、2回目、3回目と盛り上げていって、実際に企業と地域が結びつき、実績を生むところまでやらないといけない。引き続きよろしくお願いします」と、会場の様子に感じ入っていました。
まとめ
ユニークな事例の数々や、バイタリティ溢れる参加者の皆さん。時間を忘れて話に聞き入り、また地域や農業遺産の抱える課題について熱く語り合うひとときとなりました。ここでの交流が今後どんな形で結実していくのか、農業遺産はこれからどのように飛躍していくのか、引き続き注目していきたいところです。